■171022
活動報告■
ごぶさたしてます。カクヨムとツイッターでの活動が3日坊主に終わらずにすみそうなのでこちらでもお報せいたします
■131014
ひとりだけではいやだ、おまえだけでもムリだ■
「これやるよ」
「なに? ……宝石!? だめだよそんな高価なもの」
「ただの石ころだよ。えっと、おまえ──」
「セイ。イオリ・セイ」
「おれはレイジだ」
「レイジ……」
そこにはたしかに、かれがいた。
「よおし、だいたいわかったっ!」
(あの少年、ニュータイプとでもいうのか?)
「3番めのスロット、ビームサーベルっ」
「こいつか!」
ガンプラバトル。
繊細さと強さ、それぞれの運指によってかたちづくられる世界。
そうして初めて、ちっぽけなガンダムは生命を吹きこまれる。
あたかも少年の求めた『力』さながらの存在となっていく。
「なんだ……? なんなんだ、おまえは!?」
「これで──終わりだあ!!」
静と動、
水と炎、
祈りと誓い。
「セイ。困ったことがあったら、その石に祈れ」
(やっと会えた)
「どんなときでも、どんな状況でも、このおれが駆けつける」
(ぼくのガンプラを、いちばんうまく操れるファイターに)
「どんな困難でも、おれが打開する」
(ぼくの理想を、体現してくれるやつに!!)
「これは約束であり、おれの宣誓だ」
ふたりの刻が、動きだす。
■111224
ベリイ・メリイ・クライシス■
登場人物
レジェン・ダライブ
古よりのさまよいびと
ノェリ・フェギエンテ
未必の聖櫃から現れた少女
リップ・バン
コテージの愚賢者
ドッジノウ
塔の宝である聖櫃回収を任ぜられた剣舞連
ページが落としてくる影のせいで字を読みづらく感じたノエルは、ふと本を視界からのけてみる。
あお向けの視界のなか、はてしないほどいっぱいに、蒼穹。背の下にも、いまノエルのちっぽけな身体をうけとめているはてしない大地がある。
もっとも、たったいま読んだページによると、大地にはりっぱな涯(がある。人間とやらの暮らす外界と異なり、このふゆうたいりくには端がある。空想にあるような『海の終わりの滝つぼ』などではないらしいが、かのハグレたいりくびと、セラトはそこから墜落して外界に降りた存在。そして、デッドエンダーはこの世の涯で踏みとどまり、深淵をうかがいつつも戻ってきた生還者。
いま傍らに影を落としている朴念仁の正体ってこれか、と埒もない連想をして、ノエルはこのページを朗読しようという衝動に駆られた。
「って、この本に書いてあるわ」
「あるから?」
「わたくしノエルことノェリ・フェギエンテ考えるに、『涯』からの生還者はとても強靱かつ破壊と殺戮を愛す邪悪な存在となっており、あなたはそれじゃないの? レジェン・ダライブ」
「暗黒的な妄想だな、それは……」
憮然とたたずんでいた戦士の青年は、横であおむけになって本を眺めながら好き勝手に語る少女へつぶやいた。顔は無表情、なにもない正面の空間を見すえている。
「わたくしは」
ぱたり、と本を閉じて身を起こし、肩にのった長い銀髪を背中へ流しながらノエルは不服そうに言う。
「静寂を好むけど退屈は好まなくて、手近なあなたに退屈の解消をきわめて婉曲に望んだまでなんだけど。だーらーいーぶ」
「きわめて直接的に理不尽な要求をされたな。そもそもおれは望んでおまえと道中をともにしているわけじゃない」
「知ってるよばか」
「それは意外」
意外がるレジェンを後目に、理不尽にもちょっと怒っているノエルはすたすたと歩きだす。
ノェリ・フェギエンテ。
外界で活動するたいりくびと、『赤い服のばらまき屋』サント・ニコラウスにあこがれ、弟子入りを望む少女である。
「わたくしがあなたと道連れになることを選んだのは、外界に出るために、外界がどちらか知っているあなたについてくのが早道だという考えからだけど」
「おれは外界に向かうつもりなんかないが」
「あてもない旅なんでしょう? 向かいなさい!」
「気が向いたらな」
「気を向けなさい!」
答える気も起きなくなったレジェンは肩をすくめて歩きだした。
レジェン・ダライブの旅に目的はなにもない。ただ、どこに身を置いても『ここではない』という違和感を抱く。そこにいる以外の道はないものかと求めて生きる──いや──生そのものからの逃亡者のような男だった。その意欲の欠如は、他人を対象としても当然のこと、適用される。
ノエルもその点は理解しているはずなのだが、どうしても離れようとしない。心細いだけなのかもしれないな、とレジェンは思った。なにせこの地は、
「やみくもに進んでいると危ないぞ」
「ふん、なに危ないことがあるってぎゃ!!」
言わないことではなかった。
足許の草むらを割って少女の眼前に現れたのは、スラントスラッシュ級モンストラム。刃のような牙をもつ大蛇型だ。
──だった。
その名が意味する、平行傷をもたらす収納式の長剣じみた牙は、使用されるいとますらなく無力化された。上顎と下顎を掴まれ、長いボディを力任せにひき裂かれれば、活動できる蛇は存在しない。
やったのは、レジェン。
「……っ!!」
レジェン・ダライブは迅雷がごとき一瞬のうち、ノエルを後背に押しのけ、素手でモンストラムを裂き殺したのだ。
「その本にも書かれていたろう、お嬢さん」
茫洋としていたレジェンの眼光に、一瞬だけ宿った凶暴な光が、ぎらりと空間をなめた。
「このふゆうたいりくでは、外界の人間が想像したあらゆることが起きる──想像もつかないことが偶発的に起きる外界とはちがい、あらゆる残酷と理不尽が意図的に襲ってくる」
「……みたいね」
尻餅をついてあっけにとられていた少女は、声をかけられてハッと気をとりなおし、ばつが悪そうに頬をかいた。
「わたくしをお嬢さまのように、世間知らずのもの知らずみたく扱うのは気に喰いませんけど、今後あなたの手をわずらわせないよう、冷静に行動することを心がけるわ」
「ありがとう」
そうとだけ返答して手を伸ばしたレジェンに抵抗なく応じ、ノエルは助け起こされた。
打った腰をさすりながら、ノエルの小ぶりのくちびるから発せられたひとこと、
「こっちのセリフだけど、どういたしまして」
それを聴いてもレジェンは、なんとも感じなかった。
そもそもこのふたり、彷徨の戦士と箱入り姫という定番ながらも謎めいたとりあわせは、まったくなんの必然もなく、出逢うというよりただただ遭遇したのみ。そんな間柄だ。
いつからこの生きかたをしてきたのか……自身にもわからない。出生の記憶すらもたないレジェン・ダライブは、モンストラムと戦って勝てる、という理由だけでひたすら荒野を歩き暮らしてきた。そんなあるとき、盗掘集団のキャラバンと遭遇し、目撃者は消すとばかりに襲いかかってきた連中を、罪もないので罪悪感もないレジェンは容赦なく返り討ちにした。そして、積荷のなかに謎めいた箱があった、というわけだが──ふだんどんな人物にも、どんな物品にも関心を抱かないレジェンが、なんのまちがいでそれを開く気になってしまったのか。
「おれは開けるべきでない箱を開けたらしい」
「開けずにはいられない箱、だったの!」
おそろしくポジティヴなノエルが、箱の暗闇のなかでなにものかの声を聴き学んだことばや、箱のなかに梱包材がわりに詰められていた書物が光を得て読めるようになったことにより、世界について識りながらじぶんのあとを追いかけてくるのを、受け身のレジェンは否定も肯定もしなかった。正直に言って、レジェンとしてはどちらでもいい。
どちらだろうと、対処できる事態だ。
ページをめくる音が止まる。ふりむくと、歩き読みをやめてノエルはレジェンを見つめていた。
「用でも?」
ノエルはこくりと首肯すると、
「ダライブはたしか以前、じぶんの正体を知らないって言ってたわよね?」
「言った」
うむむ、とわずかな時間唸ってから、ノエルは本に視線を戻し、
「強くて強くてなににも関心を持てないというたいりくびとが書かれていてよ。ヴェスタ・フェレルという徒手使いの逸話。味方も巻きこんで顧みもせず、敵(と味方(の区別もあやうくなって、みずからモンストラム化しかけたから引退を選んだとか」
引退を選べる理性はあったというわけだ、とレジェンはふたたび肩をすくめ、また歩きだした。
それにしても膨大な内容の本だと思う。ひょっとしたら箱の梱包材はかのじょの肉体であって、ほんとうに重要な中身こそ書物のほうだったのではないだろうか、とレジェンは一瞬考えたが、つぎの瞬間もうどうでもよくなっている。
「ううん、でも特徴とかがちがうかあ。あなたの正体がわかったら、きっと」
ことばが停まった。
「きっと──返せますのにね」
ぽつりとつけ加えられたそのひとことに、どういう種類の感情がこめられていたのだろうか。
おそらく、仮に関心があったとしても、かのじょの発言の真意を理解することはできなかったろう。レジェンはそう思ったきり、歩くことだけに意識をふりむけようとして、
「──いぶ。ダライブ!」
襲撃者への対応が遅れた。
すんでのところで背を断ち割られることだけは回避したが、完全にかわすには間にあわず、肩をざくりと傷つけられる。
「こいつは」
レジェンはふりむきざま身をかがめ、相手の姿を視界に入れつつ飛びすさった。髭面の三叉刀(使い。キャラバンのなかにいたひとりだ。
「仲間の仇を討ちにきたか?」
「いや、宝を返してもらいにきた」
男は髭に隠れた口を歪め、邪悪というより不敵に笑った。
「おれは大旋塔を守護する剣舞連(がひとり、ドッジノウ。塔の宝物庫がふがいなくも賊の侵入を許し、奪われた箱『未必の聖櫃』を奪還すべく遣わされた戦士。キャラバンに紛れ、聖櫃の所在を求めていたが、おまえという不測事態によってかなりの予定変更を余儀なくされた。かまわんことだ。どのみち最終的にはすべておれによって回収される。箱の外側はすでに塔へ送りかえした。あとは中身だ。本と、その娘」
すでに目的を達成したかのように、ドッジノウと名乗った髭男はノエルを指さして告げた。
ばかにするなと思いはしたが、レジェンの膝から力が抜けるのを感じる。なるほど、サイの刃になにかを塗っていたか、と遅まきながら理解した。これは神経毒のたぐい──しかもかなり強力なものだ。ならば髭男の態度にも納得できる。こんな優位に立ってすこしも余裕ぶらなかったら、もう慎重を通りこしてただの臆病である。
ノエルは手にしていた書物へおそるおそる視線を落とし、もういちど髭をにらみつけるようにして、
「本も……?」
「本も、もれなくだ」
「じゃあかんたんね。こうするわ」
にやりと笑い、書物の背表紙をふんづかみ、破り裂く。綴じ紐をひっこぬいてページを景気よく宙にばらまいた。
「あっ──」
ドッジノウと名乗った髭の男のみならず、レジェンも一瞬目を丸くした。
大事なはずの本を……。
「おのれい!! だが必ずきさまも捕らえてやるからな!!」
ドッジノウは叫ぶと、風に舞うページたちを追いかけていった。
「ダライブ、あれ!!」
傷の痛みと毒によって、意識は朦朧、視界もぼやけていたところだ。肩を貸してくれていたノエルの声で、やっとレジェンは前方に存在するそいつに気づいた。
そこにあったのは、小屋。バンガロー……というには、レンガ造りの瓦葺きで、しっかりした永住用のつくりをしている。コテージと呼ぶべきか。
モンストラムの跋扈する深林エリアの、樹木がとぎれた空間に存在するひとつのコテージ。場ちがいにもほどがあった。しかも遠目に見て、じゅうぶん手入れがゆきとどいている。
だれかがいまも、住んでいる。
レジェンは一瞬迷ったが、避けて通る方針を固めた。かれがわざわざ足を踏み入れる理由はまったくない。ひとりであれば。
「待ってて!」
ノエルがまったく無防備に駆けていったので、避ける方針は瞬時に却下された。
レジェンにはかのじょを箱から出してしまったという責任がある。この場で別れるという方針は、はなから選択肢にはない。
だれに対して負った、なんの責任でもないのに。
「おじゃまいたします」
ノックもなし、施錠されているという可能性も考えずに、ノエルは無邪気にドアを開けはなった。待っていろと言われたレジェンも、ぐらつく足腰に鞭打ってあとをついていく。内部は原理不明の照明によって視界も良好。生活感あふれるキッチンとダイニングが変哲もなく存在し、テーブルには老婆がひとり。闖入者に驚きもせず、泰然自若と食事をとっている。
ノエルは興奮も隠さずに老婆へ走り寄っていった。ムリもなかった。かのじょにとっては、あらゆる相手が興味の対象にすぎないのだ。敵意は感じないため、レジェンもさして警戒心なく老婆に近づく。
老婆はたったいまふたりに気づき、
「おやっ!! お客だっ!!」
轟くような大音声で叫ばれて、ノエルがひっくりかえる。
「おれぁっ!! リップっちゅうもんだっ!! リップ・バングだっ!! 名乗ったぞお!! そっちらはなんて名だっ!?」
あまりの胴間声に、レジェンすら平衡感覚を狂わされた。よろけながらもなんとか答える。
「レジェン……」
「そおかっ!! でもよく聴こえんかったっ!!」
レジェンにも、もうじぶんの声がよく聴こえない。聴覚がこの老人に支配されてしまっている。鷹揚に手を広げて歓待の意を示しているようだが、わずかな距離が遠く感じるほどのダメージを平衡中枢(が受けている。誓って、こいつは傷や毒よりはるかに強敵だ。
「うっひゃー、びっくりしたったら。わたくしはノエルと申しますの。こちらの朴念仁はダライブ。お見知りおきいただければ、これ以上のさいわいはあんまりないです」
ノエルが目を回しながら老婆と握手をする。もともと壊れがちの言動をしている少女だったが、ひときわ調子を狂わされていた。
「ノエルとダライブっ!! そっかそっか!!」
握手したノエルの手をぐいとひっぱり、よろめいていたレジェンをもう片手で力強く受けとめて、老婆はうがいでもするかのようにガラガラと、高らかに笑った。
「いーやお客はひさしぶりだっ!! ゆっくりしてくとええっ!!」
したくねえ。
レジェンはめずらしく主体的に、心底そう思った。
「なるほどなあ……そういう旅か……」
リップと名乗った老婆は、遺群(謹製の耳あてを装着すると音量も口調も比較的まともになった。補聴用の略式術理がほどこされているらしい。
こんなものを与えられるということは、レガシオン──モンストラム狩りのために編成された集団が、バックにいるというわけだ。しかも、相当の地位についていたことがあることになる。
そう考えると、急に老婆の眼光が鋭く油断ならないものに感じられた。ふたりを交互に眺めて、リップ老はふむふむとうなずく。
「記憶なしと箱入り……お似合いのおふたりってわけだな」
「どこをどう見てそう思う」
「あなたも言われて、まんざらでもないんでしょ?」
「ない」
レジェンがうなずいてみせると、余裕ぶってカップに口をつけた瞬間だったノエルがお茶を噴きだした。からかってきて逆にからかわれていれば世話はない。
「なっあっばっひゅっれじぇっ」
あわてふためいて混乱しているノエルを放置して、レジェンはリップへ向きなおる。
「おれたちについてあんたが知っているとは思っていない。知っていてもあまり興味がない。ただ、この娘は外界へ出る方法を求めている。それについてなにか知らないか」
リップは腕組みしてすこし考えこむと、かぶりをふった。
「んーにゃ、まったく心あたりがねえ」
やっぱり、とレジェンは落胆も安堵もなく冷徹に聴き流した。茶をひと口含むたび、背中の傷がすごい勢いで癒え、毒が肌から大気へ溶け出ていくのをむずがゆく感じていた。
「出る方法じゃねえが、このコテージ内じゃ時間はかぎりなくゆっくり流れる。待ってりゃ、遅かれ早かれこのたいりくは竜の気まぐれで砕け散る」
老婆はいきなり壮大なことを言った。
「あらあ〜、なら問題解決ですねえ」
解決したのか? だいじょうぶなのかこいつ、とレジェンはいぶかしんだが、リップはガラガラ豪放に笑うと、
「いいってことよい、古なじみのニコの野郎に憧れてるお嬢ってんなら、ぜひとも力になっちゃりたいとこだったからな」
「なじみさんなんですか!?」
ぐにゃぐにゃ揺れていたノエルが、老婆のひとことでピキリと復活する。
「ど、どんなかたでしたか、ニコちゃんて!」
「ちゃんづけか」
レジェンは軽く茶々を入れたが、あとはリップのいらえを待って茶をすすった。
「そうさな、いいじじいだったが、まあ……気の短い博愛主義者ってやつだった。人間だったころは弱きを救う聖人君子だったらしいが、たいりくびとになってもその意思はまったく衰えず、いやむしろ強大化しちまって、いまじゃ無差別に大ざっぱに助けをふりまく、そんなモンストラム同然の自動装置だ。たいりく内に飽きたらず外界まで足をのばして、全世界にやれる範囲でおせっかいを焼いてやがる」
それは迷惑な話だ、とレジェンは思う。
おせっかいを焼かれたものは、つぎのおせっかいにも期待しはじめる。当然の権利だと考えるようになる。そういう傲慢がつながっていって、やがていずれは世界を呑みこみ、
「すてき」
ノエルが陶然と、心からの賛辞を口にした。
「それはそれはすてきな、すてきなことね」
「そおかあ!?」
怪訝そうに老婆が言う。レジェンも同感で、なにも言わず茶菓子に手をつける。
「おせっかいを焼かれたひとは、だれかにもおせっかいを焼こうとしはじめる。当然の義務だと考えるようになる。そういうよけいなお世話がつながっていって、やがていずれは世界を呑みこみ──」
ぱちくり。
そこまで言って目をしばたたくと、われにかえったようにして、ノエルは冷めかけたティーカップへ手を伸ばした。
「呑みこんだから、どうなるってもんでもありませんわね」
それもそうだ、とレジェンはお茶を飲みほした。
「いいお茶をありがとうございましたわ」
ぺこり、と折り目正しくノエルはリップに謝辞を述べ、そしてレジェンのほうへ向いてもういちど、ぺこり。
「あなたも、いい旅をありがとう」
「どういたしまして」
ここに残ることにしたのだ──たいりくが砕けるその日まで。少女の旅は、いま終わったのだ。
レジェンは瞬時、そんなふうに理解した。なにも外界へ出ることもなかろう、と一瞬考える。あこがれていた存在とじぶんは同一ではない。生きかたも同一である必要などない。かのじょはニコラウスの弟子になる必要などないし、そして──
もちろんレジェンに恩返しをする義理もない。箱から出したのはレジェンだが、そのレジェンになにかを『返す』ためについてくる必然など、どこにもないのだ。わざわざそれを教えるつもりはなかったが、言うまでもなくこいつは理解してくれたらしい。
それだけのことでしかなかった。どっちみち、別れるのは必然だ。
「わたくし、考えちがいをしてたの。あなたの記憶を呼びもどすことは、わたしを箱から出してくれたこととおなじだと思っていた」
「そりゃひでえ思いちがいだな」
ガラガラガラ、と老婆が笑う。
レジェンはかのじょがなにを言っているのかよく理解できていない。
「つまり?」
「つまり」
ノエルは胸に手を当てて、訥々と、語りはじめた。
「あなたは目的もないまま、まるでわたくしが眠っていた箱のなかの暗闇にいたみたく、世界をさまよっていたんだと思っていたの。
でも、ちがった。
あなたがわたくしに焼いてくれたおせっかいは、あなただけのもの。そこに返すとか返さないとか、双方向で完結する必要なんてありませんでした。わたしがおせっかいを焼くべき相手は、まだ見ぬどこかの、ちがっただれか。わたしはあなたに助けられたことを純粋なチャンスだと考えるべきで、報いるべき恩だなんて考えるべきでなかったもの」
「もちろん、そうだ」
「そう思った瞬間、気がついた……あなたの彷徨はわたくしの箱とはちがう、あなた自身の帰しかた行くすえ、それをわたくしの箱暮らしに重ねて喩えた瞬間から、わたくしはあなたを箱に押しこめていた。自由なのに。あなたは、もっと」
待ってくれ、とレジェンは言わなかった。
それ以上言わなくてもわかる、などと無意味なことをレジェンは言わなかった。
「あなたの正体は、もっとずっと長く遠い道をあなた自身が歩んで、それで初めて視えるものだったと気がついたの。だってあなたは、レジェン・ダライブなんだから」
よけいなおせっかいだ、とも言わなかった。
よけいなおせっかいをばらまくことこそが『ニコラウスの弟子』の果たすべきつとめなのだから。
知識のページを、惜しみなくふりまいたさっきと同様、こともなげに。
「ありがとう」
「こちらのセリフだけど、どういたしまして」
そう言って微笑んだノエルは、この世のなによりも愛らしく──
レジェンの頬に押し当てられたくちびるは、この世のなによりもやわらかかった。
「わたくしたちふたりの道ゆきはここで終わりだけど、いつでもわたくしはそばにいる。これからもよろしくね、相棒さん」
「こちらこそ」
レジェンはきびすを返し、コテージを出た。まずはなにより、つけるべき決着をつける。
コテージの外へ出ると、はたせるかな、ドッジノウが待っていた。
「敵意あるものは足を踏み入れることができないようだ。その空間のあるじは、ただものじゃないな」
「だろうな」
レガシオンから特殊装具の支給があろうがなかろうが、あの声のうるささは、ただものではない。なにものかまでは不明だが。
白く美しいかけらが、肩を冷やした。
雪だった。ふゆうたいりくには、外界で想像されるものはなんでも顕れる。
その雪を、天からの合図だとでもいうかのように──
両手に二刀のサイをかまえたドッジノウは、こんどは真っ向勝負だとばかりに、レジェンへ飛びかかってきた。
ここでレジェンが勝とうが負けようが、ドッジノウはコテージに入ることなどできない。どちらでも結果は変わらない。
勝っても負けても、生も死も、なにひとつとしてかまわない。
危機(がどこにもないことの、なんたる気楽さ。この気楽さを、いままで知らずに享受していたとは。レジェン・ダライブの口許に、われ知らず微笑がうかぶ。
はてしない自嘲の微笑。
やっぱり、ここでも、なかった。
倒れ伏したドッジノウも、ふたたび散乱した書物のページたちも、小ゆるぎもせず存在しつづけるコテージも、静かに降りつもる雪が覆い隠していく。レジェンはそのどちらも、まったく一顧だにすることなく歩みだす。
ただひとことだけ、意味のないことばが口をついて出た。
「メリイ・クライシス」
裂かれた蛇の上顎を雪が覆いつくしても、刃の歯だけは天へ伸びたまま──
きょうもたいりくびとたちには、きのうとあすなど、ありはしない。
本編へ■
■111210
ナイトメア・ビフォア・サンライズ■
ないもの語りを、つづけよう。
「メノン・レヴァンズってだれだろうか? と自然な流れで気に留めるものだった」
「奏手・ノモイ・ココット先輩については、そういえばわたしミドルネームがおなじだなあーっていう以外くわしく知らなくてとってもすみません」
「F.V.フェレル? エフブイってどう読むんだこりゃ。おれの名前に負けず劣らずけったいな名だよなあ、きしし」
ここに3人の少女がいる。
『おまえらこそだれだ』と言われることを、3人のだれひとりとして、みじんも恐れていやしない。
いちばん長身の少女は、影が透けているかの黒髪に黒い肌。さながら『静』が服を着ているたたずまいのワイザ・ワイダ。
となりの背筋をやたらとのばした娘は、律儀にぺこりと頭を下げた。ピンクのツーテイルを宙に遊ばせる、ゆくらか・ノモイ・フォンレン。
ふわっふわの金髪をした幼い子は、いけすかなさを全開にして、あけっぴろげに笑いとばす。『けったい』とみずから評した名は、ペティナリィリア。
3人はもう、戦ったり戦わなかったりを始めおえた。
『だれであろうとかまわないから、だれの物語にでもつきあってやるからやってこい』。そう、いまかいまかと待ちぼうけている。
きょうもたいりくびとたちには、きのうとあすなど、ありはしない。
つづく■
■111111
リニュー・リタリエイション■
ないもの語りを、はじめよう。
「この地が000111に生まれたたいりくである以上、111111にはやはり復活しなければならないとおのず考える」
「おおお、理にかなったお話ですねそれは。恥ずかしながらまったく気づかずすみません。でも感激してしまいました」
「ん、なんかやんの? ラクなことなら、おれも手を貸すぜ! にしし」
ここに3人の少女がいる。
いちばん長身のひとりは、影が透けているのかと疑うほどの黒髪と、黒い肌。『静』が服を着ているようなたたずまいとは裏腹、饒舌にきょうという貴重な日についてを語る。
背丈に劣るもうひとりは、それでも背筋をぴんと張り、ローズピンクのツーテイル・ヘアを感激のままに躍らせて、勢いよろしく相槌する。
さらに低い、子どもと見える短い金髪のもちぬしは、いたずら好きの少年のように歯を見せて笑い、あっけらかんと身勝手なことを口走る。
かのじょたちはメノン・レヴァンズではない。奏手・ノモイ・ココットではない。F.V.フェレルではない。
3人はすでに、異なる地平で、戦ったり戦わなかったりしているからだ。
「だとしても、生きて呼吸をしている以上、おのずとなにかを始めたいときが来る」
ワイザ・ワイダ。
「すみませんが、それなら始めましょう、どあつかましく……怒られたとき、あやまってすむ範囲で」
悠昏佳(・ノモイ・フォンレン。
「どんなにつづける気力がなくても、終わらせられる見こみがなくても、ってな。いしし」
ペティナリィリア・マルー。
新生をとげ、乳離れのときをむかえた、3人の逆襲者たち。
なにを始める気なのやら──
きょうもたいりくびとたちには、きのうとあすなど、ありはしない。
つづく■
sum
today
yesterday
FLOELAND.COM
since000111
vengeance111111
■これ以前の更新履歴など